AI活用と意思決定デザイン

次章への接続

ここまでの章で、私たちは「意思決定とは何か」を見てきました。入力があり、処理があり、出力がある。合理的に比べる場面もあれば、直感に頼る場面もある。さらに、人はバイアスや認知的限界を抱えているので、判断をフローとして設計し、必要に応じてAIの支援も受けながら、少しずつ精度を上げていく必要がある。ここまでで、意思決定の“中身”はかなり見えてきました。

けれど、ここで一つ、かなり大きな問題が残ります。

そもそも、その意思決定は「何について決めているのか」。その問い自体は正しいのか。

この節は、その問いを次章へつなぐための節です。結論から言うと、良い意思決定の前には、良い課題設定が必要です。どれだけ丁寧に比較しても、出発点の問いがずれていれば、立派な遠回りになります。速く走ったのに、目的地が違った。少し切ないですが、現実にはよくあります。

本節で学ぶこと

この節では、次のことを整理します。

  1. なぜ「決め方」を学んだあとに「問いの立て方」を学ぶ必要があるのか。
  2. 問題設定がずれると、どれほどもっともらしい失敗が起こるのか。
  3. 次章で扱う「課題設定」が、意思決定より一段上流にあること。
  4. 具体例を通して、「選ぶ前に問い直す」感覚を身につけること。

【結論】意思決定は「答えを選ぶ力」だが、次章で扱うのは「何を問うべきかを見抜く力」である

ジョン・デューイは1910年の How We Think で、反省的思考を、根拠を吟味しながら連続的に進む思考として説明しました。そこでは、思考はただ思いつきを並べるのではなく、前の段階が次の段階を支え、連なっていくものとして捉えられています。つまり、何かを判断する前には、そもそも「何が問題なのか」を見定める必要がある、という発想がすでに入っています。

ハーバート・サイモンも1960年に、意思決定を Intelligence・Design・Choice に整理しました。ここで最初に置かれているのは Choice ではなく Intelligence、つまり問題の把握と情報収集です。要するに、いきなり選ぶな、まず状況をつかめということです。これは次章への橋として、かなり重要です。

さらに、アモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンは1981年、同じ内容でも提示のされ方によって選好が変わる「フレーミング効果」を示しました。これは、意思決定が「中身」だけでなく「問題がどう見えているか」に強く左右されることを意味します。つまり、人は答えだけでなく、問いの見え方にも影響されるのです。

そして、ホルスト・リッテルとメルビン・ウェバーは1973年、社会や政策の問題の多くは “wicked problems” であり、そもそも問題の定義自体が難しいと論じました。彼らは、こうした問題には「決定的な定式化」がないと述べています。ここから見えてくるのは、次章で扱う内容が、単なる準備運動ではなく、意思決定そのものの土台だということです。

なぜ「決め方」の次に「問いの立て方」なのか

たとえば、「どのスマホを買うべきか」という問いは、一見まともです。けれど、本当の問題が「スマホが古いこと」ではなく、「写真の保存容量が足りないこと」だとしたら、選択肢は買い替えだけではありません。クラウドを使う、不要データを整理する、外部ストレージを使う、といった別解が見えてきます。

問いが変わると、答えの集合そのものが変わります。これは、意思決定の前に課題設定があることを示す、とても身近な例です。これは本節での説明のための具体例ですが、理屈としてはサイモンの Intelligence 段階や、リッテルとウェバーの「問題は簡単には定式化できない」という指摘と整合します。

もっと平たく言うと、意思決定は「AかBかを決める力」です。しかし課題設定は、「そもそもAかBで考えること自体が正しいのか」を疑う力です。前者だけだと、二択の名人にはなれても、問いの誤りには気づきにくい。次章では、その一段上の視点を扱います。

ここまでの章の到達点と、その限界

この章で私たちは、多くの知見を手に入れました。

情報を整理する。選択肢を並べる。比較基準を決める。バイアスに注意する。AIを補助役として使う。これらはすべて大切です。けれど、これらの武器は、設定された問題に対して答える力です。問題そのものがずれていたら、残念な方向へ向かいます。

リッテルとウェバーが示した wicked problems の考え方は、まさにそこを突きます。社会的な問題では、どこからが問題なのか、何をもって改善とみなすのか、誰にとっての利益を優先するのかが簡単には決まりません。つまり、問題をどう定義するか自体が、すでに意思決定の一部なのです。

だから次章では、「どの案が良いか」ではなく、「そもそも何を解くべき問題として置くべきか」を扱います。ここがつながると、意思決定は立体的になります。

次章で扱う中心テーマ

次章の中心テーマは、おそらく次のような問いになります。

  • その問題は、本当に今解くべき問題か。
  • 目の前の困りごとは、原因なのか、症状なのか。
  • 誰の視点で問題を見ているのか。
  • 問いの立て方を変えると、選択肢はどう変わるのか。

これは、サイモンの Intelligence をより深く掘る話であり、デューイの反省的思考を「問題発見」の段階まで引き戻す話でもあります。さらに、フレーミング効果の研究が示すように、同じ内容でも問いの見せ方で判断は変わるため、問題設定は単なる前置きではなく、判断の方向を決める重要な要素です。

演習1 部活動の朝練参加率が下がっている

ケース

ある高校の部活動で、朝練の参加率がここ1か月で大きく下がっています。顧問の先生は「やる気が足りないのではないか」と考えています。部長は「練習メニューがきつすぎるのかもしれない」と考えています。部員の一部は「朝の集合時刻が早すぎて、通学が厳しい」と感じています。

練習問題

  1. このケースで、すぐに「やる気の問題だ」と決めつけるのはなぜ危険ですか。
  2. 次章の視点で問い直すなら、どんな問いに言い換えるとよいですか。
  3. 追加で集めるべき情報を2つ挙げてください。
  4. このケースでありそうな「症状」と「原因」を分けて書いてください。

解答例

  1. 危険なのは、参加率低下という結果を、すぐに特定の原因と結びつけているからです。デューイの反省的思考では、信念の根拠を吟味することが重視されますし、サイモンの整理でも、まず状況把握が先です。いきなり原因を決めると、問いの段階でつまずきます。
  2. よりよい問いは、「朝練の参加率が下がっているのは、どの条件が部員の参加を妨げているからか」です。こうすると、やる気だけでなく、時間、体力、通学、練習内容、季節要因なども視野に入ります。
  3. 追加情報としては、「朝練に来られなかった理由のアンケート」と「通学時間や起床時刻の分布」が有効です。
  4. 症状は「参加率が下がっていること」です。原因候補は「集合時刻が早すぎる」「練習負荷が高すぎる」「学校生活全体で疲労が蓄積している」などです。 ここで重要なのは、最初の問いが狭すぎると、打ち手も狭くなるという点です。

演習2 家の冷蔵庫で食材がよく余る

ケース

家で買った食材が、気づくと賞味期限を過ぎてしまい、捨てることが増えています。家族の一人は「買いすぎだ」と言います。別の人は「料理する時間が足りない」と言います。さらに別の人は「そもそも何が冷蔵庫に入っているか把握できていない」と言います。

練習問題

  1. 「どうすれば食材を捨てずに済むか」という問いは、十分でしょうか。不十分なら、どう直しますか。
  2. このケースでは、どんなフレーミングの違いがありそうですか。
  3. すぐに「買う量を減らす」と決める前に、確認すべきことを2つ挙げてください。
  4. あなたなら、次章につながる“上流の問い”をどう立てますか。

解答例

  1. 十分ではありません。よりよい問いは、「食材が余るのは、購入・保管・把握・調理のどの段階でズレが起きているからか」です。これなら、単なる節約論ではなく、流れ全体を見られます。
  2. ここでは、「買いすぎ問題」と見るか、「時間不足問題」と見るか、「在庫把握の問題」と見るかで、問題の枠組みが変わっています。トヴェルスキーとカーネマンが示したように、問題のフレームが変わると、選ばれる解決策も変わりやすくなります。
  3. 確認すべきこととしては、「実際に何がどの頻度で余っているか」と「平日に調理できる時間はどのくらいか」があります。
  4. 上流の問いとしては、「この家では、食材の購入量と調理可能量のバランスがどこで崩れているのか」が適切です。

ここでは、食材を捨てること自体が問題の本体ではなく、家庭内の流れが見えていないことが本体かもしれません。

演習3 図書室の利用者が減っている

ケース

学校の図書室で、去年より来室者が減っています。図書委員会では「新刊が少ないからでは」と考える人もいれば、「放課後に部活が忙しいからでは」と考える人もいます。別の委員は「本を借りる以前に、図書室が入りづらい雰囲気なのかもしれない」と言います。

練習問題

  1. このケースで、最初に置くべき問いは何ですか。
  2. 「新刊を増やす」という解決策は、どの段階で出すべきですか。
  3. このケースは、なぜ “wicked” になりやすいのでしょうか。
  4. あなたなら、次章に向けてどんな観点で課題を分解しますか。

解答例

  1. 最初に置くべき問いは、「図書室の利用者減少は、蔵書、時間、雰囲気、周知、アクセスのどの要因と結びついているのか」です。
  2. 「新刊を増やす」は、情報収集と原因仮説の整理のあとに出すべきです。サイモンの流れで言えば、いきなり Choice に飛ぶのではなく、まず Intelligence と Design が必要です。
  3. wicked になりやすいのは、利用者の減少が単一原因で説明できず、複数の立場から異なる見え方をするからです。リッテルとウェバーが指摘したように、こうした問題は最初から決定的に定式化しにくいのが特徴です。
  4. 分解するなら、「利用者層」「時間帯」「来ない理由」「入りやすさ」「借りたい本の有無」「広報の届き方」といった観点が有効です。 この演習のポイントは、答えを急ぐほど、問題を取り違えやすいことです。

本節のまとめ

この節では、次章への接続として、意思決定の一段上流にある「問いの立て方」の重要性を確認しました。デューイは1910年に、反省的思考を根拠を吟味しながら連続的に進む思考として整理しました。サイモンは1960年に、意思決定を Intelligence・Design・Choice に分け、いきなり選ぶのではなく、まず問題を把握する段階を明確にしました。トヴェルスキーとカーネマンは1981年に、問題の提示の仕方が選好を変えるフレーミング効果を示しました。リッテルとウェバーは1973年に、社会的問題の多くが決定的に定式化しにくい wicked problems だと論じました。

つまり、ここまで学んだ意思決定は「与えられた問いに答える力」でした。次章ではそこから一歩進み、「そもそも、どんな問いを立てるべきか」を学びます。

参考文献

  • John Dewey, How We Think(1910)
  • Herbert A. Simon, The New Science of Management Decision(1960)
  • Amos Tversky, Daniel Kahneman, “The Framing of Decisions and the Psychology of Choice”(1981)
  • Horst W. J. Rittel, Melvin M. Webber, “Dilemmas in a General Theory of Planning”(1973)
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